
頻繁に出入りしていた、リッツカールトン広州のクラブラウンジ。
成功体験を積み重ねることによって自分が特別な人間であるという勘違いを構築してしまう。それが自信のように見えたりもする。あるいは失敗から立ち直るための施策が成功したことでその成功体験に重きを置きすぎてしまう。それが自分にとっての人生の全てになってしまったりする。後は姿勢なのである。あるものを正当化する事が続くとそれに頼りやすくなる。他の関連性の低いことまで正当化することに繋がる。その事が必ずしも成果をもたらす訳ではない。そしてそのような結果に陥った場合に気付くためのタイムラグが長くなる。組織内に蔓延る不文律とは何かを守るべきものとして設定し正当化を繰り返していくことで生み出される痼りである。

テクニカルに走ることで全てを解決出来る人間などいない。科学で割り切れない分野があって、それに対して数学的な回答を出してしまう明快さというのは一部で信じている幻想に過ぎない。現代にはニュートンなどいないのである。絶対的に能力が高い訳ではないが危機意識が強い人間は自分の将来が不安であるが故にその解消には役に立たないようなことをやろうというモチベーションは無いのである。しかし人生のスゴロクを上がったパートナーにはその感覚を理解出来ない。パワーを持ちすぎているため意味の無い時間がかかる。360度評価がなされないことがそのパワーを増長させる結果に繋がっている。

自分らしさを表現することは必ずしも正解ではないがそれはどの程度の割合に当てはまるのだろうか。時代の変遷が原因なのかは分からないが認識にズレが生じてしまっている。若者は自分らしさをより追求しているのである。何を考えているのか分からないのだろうがそれを理解するための歩み寄りはあるのか。会計基準のアップデートに余念がないのかは分からんが、リーダーシップの研修とか受けているのか。組織をどうしたいとか考えているのか。

個人のイグジットを意識した戦略を構築し社内における研修などを実施すべきである。長期的なキャリアデザインを検討する。以前のような社内での出世はモチベーションになり得ないので転職の可能性などを用意する。大半が辞めることを前提に働いているのを認識する必要がある。いずれ破綻してしまう可能性がある。会計士はプライドが高く脆い存在であり、監査法人とはその集合体なのである。価値観が変わらないので結果として残るのは忠誠心の有無になっている。これは本人は気付かないがパートナーのパワーによるもの。自分の力ではどうにもならない事が積み重なるとやる気を無くす。パートナーの気分あるいは意思決定の遅さが中間管理職をすり減らせ、組織は疲弊する。

組織は潜在、結託、成熟、維持向上、変容という過程を辿り変化していくものなのである。ステージに合わせた対応が要求されている。パートナーは損益の結果にのみ興味があり、いかにして改善するのかという点は現場に任せきりであり、後で小言を言うという状況に陥っている。会計監査に専念出来る環境は整っているのか。会計とか監査がつまらないというよりも組織がつまらないから辞める人の方が多いのではないか。会計処理を考えたりするのはそれほどつまらなくないという人も多い。出来ないのではなくやるためのモチベーションが無いだけかも知れない。ビジョンが無い状態で環境を整えても無駄であるし、心がついて来ない。忠誠心を持つことが当たり前であると考える。上には上の事情があるし、それもまた人それぞれであるのは確かである。話を聞くチャンスを持つことは努力次第で何とかなる。