
自分の直属の上司のパートナーも、それはそれで素晴らしい人なのかも知れないが、リスクテイクしている以上は一定のリターンが必要であるのは当然だし、結果としてチームに対する要求がスタッフからしてみれば頓珍漢になるのも分からなくもない。最近の試験合格者の増加というものが会計士業界に与えた影響と言うものは少なくないが、金融庁という政府機関の決定は、殆どが覆ることなどはないのだから、業界全体としてはやはり所与のものとして扱うべきである。これは、租税法・監査論を追加で受けさせられた不遇の世代のために、何か便益を提供することがなかったように、部分最適よりも新試験制度の導入という全体最適をいかにして定着させるかという点を目指すのか、ということなのかも知れない。

あれだけ人が足りないと叫んでおきながら、自分達の既得権が脅かされるようなペースで合格者が増大すると、業界誌にやっぱり試験制度がおかしいと投稿したりするのは、馬鹿である。脱線し過ぎたが、結局のところ監査法人サイドではどのようにその人員増加を扱うのかということが、当然に議論されているはずである。既に監査法人で働いている会計士の業務は確実に増加する。これが組織化のコストである。トップの人員増大という非合理な決定についても、結局現場レベルでは受け入れざるを得ない訳であり、その採用した人間を成長させるのも仕事になってしまうからである。

自分でやった方が早いと思うことを、他人でしかも何も分かっていないような人間にやらせるのはストレスが溜まる。そのストレスは、自分の他の仕事にも影響を及ぼしてしまい、結果として1人で働いていたときは120%の仕事をしていた人が80%しか結果を出せないようになったりする。もう1人の新人は、当然不慣れなのでやはり80%の仕事しか出来ない。この数字は業務を単純に割り切れると考えた場合の数字なので、最終的なパフォーマンス測定時には掛け算されるものである。結果として80%×80%で、64%になってしまう。これは、教育を担当した人間が同じパフォーマンスを達成するために、人員を増加させる前の約2倍の時間が必要になる。そんなことが可能だろうか?という話である。

問題とすべきなのは採用の際に、キラキラ輝くようなパワーポイントを見せて採用して、結局成長とか自己実現なんてものはどうでもよく、ましてや個性なんてものは必要とされておらず、あとはパートナーのPLと組織のために貢献せよ、みたいなことになれば、それはやる気を失くすのは当然なのである。そもそも足りないのは個性のある会計士ではなく、組織の歯車として働いてくれる会計士なのであり、結局誰でも良いのであるが、それを採用の際に見せると採用活動に負けるということに過ぎない。組織にいる人間は、自分の力ではどうしようもないようなことが続くとやる気を無くしてしまう。パートナーに対する中間管理職による評価などが行われない監査法人では、結果として媚を売ると言うことも仕事の1つになってしまうのは仕方ない。360度評価などとんでもない、というのがパートナーの考えだろう。普通の会社の役員とは違うし、リスクテイクをしているのは俺達なんだという考えがあるのかも知れない。

しかし、普遍であるのは働いているのは人間なのであり、会計士ではないということである。爺会計士が君臨して訳の分からないことをやっているというような、若者にやりがいを無くさせるような組織の構造は、結果として日本という国の競争力を奪うことに繋がってしまう。本当に実力のある人間であれば、それを克服して結果を残し、時間をかけて上に立つことも出来るのかも知れないが、目的意識の低い人間には自分自身の市場価値の低下という予期せぬ辛い現状が待ち受けており、ある程度目的意識の高い人間からしてみると、この組織はタイタニック号だなという感覚から、より意見の通りやすいベンチャー企業などに移っていって少なくともその先5年くらいは幸せな社会人生活を送ろうとする訳である。
0 件のコメント:
コメントを投稿