
問題なのは、95%の3乗でも85%になってしまうことであり、95%の10乗はたったの60%だということである。何となく見逃している情報というものが、時間を経るに連れて大きな問題と化して行くことである。そういう意味では二項モデルというものは、面白いことを体現している訳であり、究極に細かくすれば意思決定を表現出来ると言うのである。ああこうであれば、そうでなかったという状況も、モンテカルロが表現する。でもその隙間を埋めるものとは一体何なのか。それに気付かないのはセンスの無さということになろうか。試験勉強で100点を取れる人間でも、実務では95点の場合もある。試験の対策だけでは、実際に起きる事象に対応することが出来ない場合もあるからである。大半の世の中というものは、その95%で説明可能なことが多いので、やはり勉強が出来る人は仕事も出来ることが多いという考え方はそんなに間違っていない。

後は勉強をしてきた人には共通の言語があるので、それを用いることでコミュニケーションを効率的なものにすることが出来る。監査人は、被監査企業の内情について、会社とコミュニケーションが出来るぐらい理解する必要がある。これを実務をするのではなくて、机上の勉強でこなせというのだから、無茶な話だが、積み重ねることで、全社的な状況にある程度対応出来るようになる。結局監査人というのは、かなり会社と近い距離にいるのであって、これがコンサル業務との分離を余儀なくされたことは、資本市場により強固な正義をもたらしたかも知れないが、効率性というものは大きく阻害されている。コストベネフィットで、粉飾という裏切りの取引コストは、恐らく想定外であったことから、多くの市場関係者が過剰に反応した可能性がある。それと同時に監査人が失ったものは、顧客満足というやりがいである。この構造の変化は、多くの監査人を疲弊させ、結局のところ解決策を見出せずにいる。若い会計士がどんどん辞めてしまうのは、もはや金銭的な問題や地位や名誉といった低い次元の話ではないのである。

結局のところ自分が世の中に貢献しているとか、そういったことを感じるようになるのは、パートナーになってからなのではないかと考えている。そこまでに分厚い組織の壁と闘って磨り減り、忠誠心を構築していくような作業が今の若者に出来るのだろうかということである。会計士が直接お客さんに対峙する仕事は山ほどある。監査の本質的な顧客はマーケット参加者である。クライアントと呼ばれる被監査企業に、上場を維持しているメリットを感じるという機会はない。一流企業に入社した彼等にしてみればそれは当然なのかも知れない。ちなみに投資家から、感謝されたことなど一度も無い。そもそも会計士協会の普及活動がうまく行っていないだけのような気もする。間違った考えを持った会計士を大量生産しているということには、気が付いているが見て見ぬ振りをしている。それよりも金融庁の会計士量産という方針に従うことが、会計士協会にとってみれば正義なのかも知れない。会計士の大量生産という環境の変化は、確実に会計士業界にきしみを与え続けており、そのような環境の変化による個々人の会計士への影響など、組織正義に比べれば本当に微々たるものである。しかしB型の多い会計士が、いつまでも適当な施策を続けることに文句を言わないことも無いような気がしなくもない。私もB型だからであるが。

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