久しぶりに人間らしい生活をしたいと考え、以前から先輩に奨められていた本をアマゾンで購入して土日で読んでみる。アマゾンで見るとやたら評価の高いこの本は、江戸時代の日本を視察した外国人が書いた書籍を紐解いて、今の日本人が何を失ったのかということを紹介するものである。
本の裏にこうある。
「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうる限り気持のよいものにしようとする合意とそれにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ」(本文より)近代に物された、異邦人によりあまたの文献を渉猟し、それからの日本が失ってきたものの意味を根底から問うた大冊。
この本が絶賛されるのはどういうことなのだろうかと考える。確かに読んでいる時に、目頭が熱くなる時もある。私が思うには、日本人が知らぬ間に植えつけられた欧米諸国に対する言い表しようの無い劣等感というものが、やはり知らぬ間に日々の生活で重しになっているのではないのかということである。英語を学ぶ時もそうである。英語が出来ない、出来ないと何故ここまで卑屈にならねばならないのか。そもそもアルファベット26文字しか使いこなせない国の言葉に何故ここまで苦戦しなければならないのか。日本人であるが故の苦労というものが、知らぬ間に日本全体を支配していて、そこからどうやっても思想的に逃れられない日常がそこにはあり、殺伐とすることなど誰も望んでいないが電車の中で足を踏んだ踏まないで喧嘩をしてみたりする。
自己を否定しながら生きるということは辛い。マスコミ報道にも問題があるだろうが、政府の姿勢も結果として国民を卑屈にした。江戸時代であれば、政府が何をしても気にせず国民は楽しく暮らしていたのだろうか。情報が開示されるということは、競争にさらされると言うことである。従って、グローバルスタンダードというものを意識し、それにいち早く順応することで競争に勝ち残ることが要求される。長きに渡り鎖国した日本は独自の文化と国民性を育んでおり、それ以上にそもそも島国であったということが、他に類を見ない国民性を生み出している訳である。これをグローバリゼーションに放り込めば、順応速度が他に比べて遅いのは当たり前である。習慣を捨て去ることは難しい。文中に引用されるハリスなどの言葉で、鎖国を辞め、外国に対してオープンになるということが、日本に本当に幸せをもたらすのかどうか、という話があるが、これは興味深い。
貧しいながらに幸せに暮らした日本人は、足るを知るを実現していた数少ない世界の中での例外であり、今のような廃棄社会では無かった訳である。なぜ世界は平和でないのかという平和なことを考える日本人も多いだろう。競争に耐えない国では無かったということは、戦後の経済成長の示すところである。しかしそもそも和を以て貴しと為すこの国が、いつまでもそういった競争を続ける意欲を持ち続けられるのだろうかという疑問もある。我々は確かに工業化の恩恵を受けている。私の好きな旅行というものは、もはや飛行機という文明の利器無くしては成り立たないし、現地ですべて徒歩で回ることなど不可能であるから、鉄道に頼らざるを得ない。従って、今から全てを廃棄して文明の構築を行うというのは武力行使の結果以外では不可能であろうと想像される。しかし代わりに喘息になったり花粉症になったりして、それを更なる工業化で薬を開発して抑え込もうとしている。
国際的な競争社会では日本人が損をしてしまうというのは納得出来る。そういった社会に慣れていないからである。武士道に説明される日本人の国民性を前提としていれば、日本人こそが世界の中での例外的存在であり、そういった位置を国際社会でも目指すべきなのだと思う。GDPという経済指標では確かに世界で2番目ではあるが、1位のアメリカという国のコピーをしているだけであれば、存在する意味もないし、52番目の州だと言って馬鹿にされるような報道をマスコミが繰り返すだけである。独自性を保ちつつ協調していくことは日本には難しいことではない。当然この輸入体質を改善することが必要である。長期的に今のような資源を殆ど輸入するという状況を継続することはいつか難しくなり、生活水準を下げざるを得ない。同じ下げるのであれば、鎖国して農業大国化することで江戸時代に回帰するという選択肢もある。
農地は余っている状態であるから、定年退職した後に生きがいのない元サラリーマンを農地に送り込み、運動させ医療費削減と食料自給率の上昇を同時に達成するという政策をなぜ実行してくれないのか疑問である。60歳を過ぎれば知恵が蓄積している。しかし頑固である。これを財産としてうまく使うことも必要だが、頑固過ぎて同じことしか言わないのが難点であるから、これを隔離して独自の文化を生み出し、農業の採算化を達成させる。これで年金の不足という問題も解消し、国民にとっては幸せなことしかない。定年退職した夫が家にいては困る妻も、これでストレスから解放され、こういった人たちもまた独自の文化を生み出すことになるのかも知れない。コミュニティへの強制参加というものは、多くの人にとってはプラスであるし、そもそも日本人はそういった生き物だったはずである。コンクリートでガチガチに固まった建物の中にいればコミュニケーションが図られない。
戦後の近代日本を理解する上で、その基礎としてある江戸時代というものを理解することが重要なのは当然である。日本人とはどういうことなのか。右寄りの議論だと言って単純に片づけてしまうのではなく、そもそも我々日本人というものは何なのか、どうやって歴史を築いてきたのか、という誇りを意識し、自信を失うことなく独自性を維持して生きる。それをまた意識させる1冊である。これを世界各国に伝えることが出来れば、今より1割ぐらいは平和になるかも知れない。ここ20年ほど同じアジアの中国や韓国と言った国に経済的に生活水準で追い付かれ、日本円が必要以上に安い状態を生み出したことで、可哀そうなほどに日本国民の自信というものは失われている。マスコミの伝えるものに正しい情報が無ければ、古典に立ち返り自分で考えるということも必要であろう。この国に向くことと向かないことがある。とは言いつつも、現実と相対すると避けて通れない日常に自己を埋没させざるを得ないのもまた私の能力の不足なのだと考えてしまう。
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