2009年2月1日日曜日

Guangzhou 8

朝からモヤというか化学系のスモッグが凄いのと、天気が雨だったこともあり、殆ど遠くの景色というものを見ることは出来ない。かつては東京もこだったのだろうと思うと、恐ろしくなる。正月の旅行から帰って早くも1ヵ月が経ち、花粉症の症状が出始めている自分のアレルギー体質にうんざりしつつ、中国の環境汚染の状況というものが心配になる。このような環境汚染の酷い街で暮らすことは、私にとっては自殺行為に等しいなと感じる。いつかは改善されるのであろうが、そういったモラルが成長途上の国の国民に自発的に生まれてくるということは有り得ないだろう。何かしら外部の力で強制的に環境を改善して行かない限り、猛烈な数の喘息やアトピー患者というものが発生して、しかも薬を手にするための収入が無いとなれば、無残な結果だけが待ち受けていることになる。経済成長を止めろと言うことではないし、それでは日本も困るだろう。ただ事前に結果が分かっているのだから、それを防ぎつつやるべきことをやれないのか、という一個人としての疑問である。
まだまだ建設中という感じだが、それがあちこちでという感じでもない。この辺りの開発が済めば、広州市内の都市部というものは随分都市化が進んだことになるだろう。建設が終わってしまうと、波及して成長してきた周辺の業界というものの成長もストップがかかる。今ある計画は未だ良いのだろうが、その後の計画というものはどんどん廃止になるだろうし、ここで建設しているこのビルにもテナント殺到というようなことは無いのかも知れない。こういった商業用不動産に対する需要というものは、もろに経済の影響を受けるだろうから、そのための経済研究所があったりするようだが、いったん走り出して今回のような金融危機に見舞われるともう手の打ちようもない。投資というものは難しいし、とりあえず売る、という雰囲気の強い不動産業界にそういった緻密な予測をしようという考えがあるのかどうかは疑問である。不動産屋の出してくる見積もりも非常にざっくりした周辺類似物件との比較でそれをマルチプルにして最後の桁を丸めただけの数字だったり、割引率として使っている数字も最近のデータだけを使っている。リスクをどう織り込むかというのは、その時々の投資家の選好だけを気にしているので、バブルを生み出しているのはこの人たちなんだろうなと感じてもおかしくはない。不動産鑑定士による鑑定評価だってあるべき価格を求めているのではなく、現在妥当であろうなと思われる数字をだしているだけで、意味があるのかな?と思う。相対的な数字の比較に意味がある、という考えは単なる短期的な利益を嗜好する発想に過ぎないのである。


朝食はグランドフロアでもクラブラウンジでも摂ることが出来ると聞いたので、クラブラウンジでゆっくり静かにという方針をとる。広州から桂林に行くための飛行機も予約していないし、それが無ければホテルの予約も出来ないということで、とりあえずインターネットで色々と調べて予約しておいた(結果としてこの予約した飛行機はタイミングが悪いので、翌日変更することになってしまったが…。)。それが済んだら、広州市内で陳氏書院と中山紀念堂を見て、広州酒家で名物の広東料理を食べるというプランをざっくりと立てる。旅先では結構神経質な性格なので、プランをしっかり決めていないと嫌なタイプではあるが、奥さんに従ってQue sera seraだと今回の旅ではのんびり飯を食いながら観光するということにした。結果としてそれで旅行が全体としてうまく行ってしまうところを見ると、自分の普段の焦りというものはあまり意味がないものなのかも知れないと思ったりもする。

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