
香港の空港に午前1時頃到着。ホテルに行くのみである。この時間になると電車が無いので、バス(巴士)かタクシー(的士)である。タクシーでも街中までせいぜい3000円するかしないかなので、2人で乗ることを考えればタクシーでも十分安い。バスはどこまで行ってくれるのかが分かっていて、目的地などが近い場合には当然有効だろう。タクシーの初乗りは安いが、上がるペースが速いので心配になる。とは言っても最終的な金額は日本よりはずっと安いと言える。今回は1HKD=12.00の前後をうろうろしているような為替レートだったこともあり、前回の1HKD=17.00の頃に比べればそれだけで30%ぐらいすべてのものが安いことになる。日本に帰って来て思うが、香港での買い物はやはり安い。関税が安いこと、そして今の円高の影響である。

関税の影響というものを測定するにはもう少し色々調べねばなるまいが、円高だけの恩恵ということを考えると、これ以上の円高というのは購買力平価というものを考えると安すぎるようにも感じる。香港も既に金利は0金利に到達する勢いで低下している状態であり、これ以上この国の通貨が弱くなることは考えにくい。しかしながら、HKDがその為替水準をUSDに合わせているところに旨みがある。香港も金融の街であるから、相当なダメージはあるはずだが、アメリカやイギリスほど経済が悪化しなかったとすれば、HKDがUSDと同じぐらい弱くなる理由も無い。とすれば円に対してHKDが不当な水準まで売られる可能性がある。この場合はどうやって利益を獲得するかと言うと、旅行に行くかHKDを買うかということになる。以前のようにスワップポイントを稼ぐということも出来なくなったことを考えると、ヘッジの需要というものの方が大きいはずである。そう考えるとそろそろ外貨を買い始めるのも一部の通貨に対しては間違っていないようにも感じる。

USDが基軸通貨では無くなるという話も出ているが、そういうことが実際に起こりうるのかは不明である。EUROがそれほど強い訳でもなく、GBPなどもっての他であるし、RMBは未だ早い。ただ中国が為替操作により無理やり積み上げている外貨準備を考えると、中国元が現在の日本円と同じような急激な上昇を喰らうという可能性は当然にある訳である。無理やり抑え込んだものほど反発は強い。経済成長は圧倒的に中国の方が勢いがあり、都市部の生活水準というものは既に日本と変わらない部分もある。ということは、いずれ調整が入り為替と物価の調整が行われなければならない。日本人が中国に旅行に行って、物価が安いから良いね、と言っている時代が終わる時が来る。為替と物価の影響というものが、調整されなければならないからである。ただ未だに人件費を抑えつけたりしてコストそのものを抑えている中国では、物価がある程度日本よりも安いのは当たり前である。

金融業界においては香港はアジアの中心であるという認識がなされている。東京でも上海でも無いのである。金融センターを目指す東京と上海というアジアの巨大都市は、人口たったの600万人の香港の足元にも及ばない。日本と中国は英語という言語の問題を抱えている。中国人は日本人よりも遥かに英語をうまく話すが、それも一部の限られた富裕層である。日本人は皆平均的に出来ない。不思議な国である。少し金をかけて力を入れれば良いだけなのだが、日本経済よりも良い経済が見当たらない現状を鑑みると英語を学ぶというモチベーションが上がらない理由も良く分かる。本当に不思議な国であると思う。勤勉さは我々の財産であろうが、それだけで国の力をここまで押し上げられるのだろうか。豊かさの劇的な増大というものが、日本人に失わせたものもある。1980年から1990年頃に人類史上でも最も幸せな時期を謳歌したと言ってよい日本人は、この先どこに向かうのだろうか。

それを理解するためには過去の日本というものを学ぶ必要がある。読むべき本が蓄積しているが、結局短期的に必要な本ばかりを読んでしまう。このご時勢ではCFAに今更受かったところで役には立たないかも知れないが、それでもヒマな時間の殆どをこうやってブログにメモをすることか、CFAの教科書を読んでまとめる作業に費やしている。経済が回復して欲しいとかそういうことでもない。ただ一人の人間として知るべきことを知る、それだけである気がする。自分を売り込むことなど出来るはずもない。売るものを持っていないし、レバをかけて売る技術もない。私が出来ることは凄く限られていて、世の理を知り噛み砕き伝えると言うことだけである。それが面白ければ尚良い。それは研究とかそういった高尚なものには辿り着くことが無いが、残した足跡が後人の役に立つということである。微力だが人類はそうして進歩を続けてきた。今思うに、人類はこのまま成長するべきであるのかということである。成長の定義について色々あるが、貧困を解消した状態と考えればまだまだ経済成長が必要となる。その一方で、モラルなき人類により地球環境というものが破壊されつつある。地球があり自分がそこで生きるということは、奇跡なのであると感じるためには、幾多の欲求を満たされなければ分からないことである。日本人がこたつに入ってみかんを食べながらテレビでアフリカの貧しい人々を見て感じる正義感など、きっと現地に行けば微塵の役にも立たない。
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