2009年1月31日土曜日

Guangzhou 3

地下鉄の路線は限られてはいるものの、一部は工事により拡張中であるなど、発展を続けることが予想される。広州市の人口だけでも700万人ということを考えれば、利用客は今後も都市部に人口が流入することを考えると増加するはずであるし、物価も上がれば現在の投資は採算が取れるはずである。中国は人口の多さが、結果として有能な人材を大量に排出することに繋がることが想像される。米国のビジネススクールへの留学生の増加は将来的に実を結ぶことになる。それは単なる人材というものだけでなく、ネットワークという意味でもあるのだろう。日本人でも当然に開かれた世界に参加する有能な人材はいるのだろうが、絶対的な人口の違いというものが、影響を及ぼさないという判断をすることは難しい。勤勉な国民も、日本国内で完結できない場合には海外にそれを求めなければならないからである。CFAの勉強をすることで、サボっていた英語の勉強も読解という点では随分マシになったように思うが、幾ら読んでも聞き取ったり喋ったりする能力は勝手には向上しない。
全て南北線のようにガラス張りで線路内への立ち入りは出来ないようになっている。日本で地下鉄を作るのと同じように、うちにも駅を作ってくれというような政治的な駆け引きがあるのだろうか。
地下鉄のチケットというとカードのようなものを想像するが、ここではコインのようなもので、入る時にはこれをかざし、出る時には穴に入れる。慣れないと不思議な感覚だが、現地人にとっては何も不思議ではない。全てリサイクル出来るという意味では日本の磁気のついた切符よりも、合理的に思う。乗客についてのデータというのは切符やカードの出入りで簡単に取れるだろうが、どのようにそれを経営に反映させるのだろうかと、ふと思う。切符の使い手が何をしている人で、その日何をするためにその駅を使ったのかと言うことまでは、そのデータでは理解することが出来ない。サンプルで情報を得ることも出来るのかも知れないが、そもそも調査に協力してくれるかどうかという時点でサンプルのタイプにバイアスがかかっている可能性があり、あまり当てにならないこともある。監査は単なる数字の積み重ねを検証していく仕事であるので、複雑な統計処理が要求されると言うことも無い。ただ、数字を追いかけるというのは特殊な技能であり、知らぬ間にそういったセンスが鍛えられていることは興味深い。数字が書いてあるとこの根拠は何なのだろうか、自分が納得出来るようなものが元となって記載されているのだろうか、という疑問が湧く。これは生きる上では情報を鵜呑みにしないという姿勢が身に付くので、監査という仕事もなかなか役に立つのだなと思う。
地下鉄の車両は新しく、清潔に映るが、やはり消毒薬か何かの臭いが鼻をつく感じはする。中国では固定電話よりも携帯電話が先に普及したせいで都市部では多くの人が当然のように携帯電話を使う。便利さをいきなり享受出来る訳である。既に他の国が実現した快適さというものを、そのまま自国に輸入するのは金がかかるのだろうが時間を猛烈に短縮出来る。国の発展の形というものはそれぞれだろうが、最近は世界中に蓄積されたインフラ整備に関するノウハウというものは様々な形で輸出され、猛烈な勢いで世界中の民に便利さを提供している。それが彼等にとって幸せであるかどうかは分からないが、先進国への憧れ、生活水準を向上することで自己の欲求を満たすということは止むことは無い。これは貧困の解消まで続くということが考えられることから、恐らく地球が存在し続ける限り、あと100年、200年ぐらいは続くのかも知れない。成長するスピードというものは得てして逓減するものであるから、今のような成長はあり得ないし地球も疲弊する。地球の60億年というサイクルの中で考えれば、今は随分寒い時期に当たるので温暖化などという概念は有り得ないと考えることも出来るようだが、人間というものは自己の考える枠内でしか何かをすることが出来ない。
かつて日本が成し得ていた、平和に暮らす民という幻想は、今のアジアの貧しいとされる国々において達成されているのだろうか。中国のように毎年10%GDPが成長するような場合、単純に考えると7年で2倍になってしまう。つまりあっという間に国は豊かになる可能性を秘めているということである。そのような社会で、人間が協調性を保つことが出来るだろうか。日本人が失ってきた過去というものは代えがたいものであり、既に元に戻すことは不可能である。これは資本主義への批判とか、そういうことではなく、時代が変わるというものがどういうことなのかを理解しないまま、国民は知らぬ間に流されてしまうという実態である。日本は再び鎖国することは、インターネットがここまで普及してしまうと難しいだろう。情報を制限することなくして、人間の欲求というものをコントロールすることは出来ないからである。北朝鮮の将軍様に徳が無いのかどうかは知らないが、情報の統制だけでなく、搾取を強めれば人心の荒廃というものは、それだけ進む。日本も鎖国していた頃には、情報を統制していたことで、長きに渡って海外への憧れというものが巨大で支配的なものにはならなかった。しかし国民が町人文化を築き、幸せに暮らしたということは事実であり、これも支配が一時的とは言え成功した実例でもある。

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