2009年1月17日土曜日

Hong Kong 3

非現実の世界に飛び込んで1日目。香港は東京と大きく変わらないからか、その非現実さを認識し切れない。旅行に来ているという感覚は無い。ただ仕事から解放されたという感覚は、いつも心が弾む。しかしそこに少し罪悪感があって、それがリスクとリターンの関係である。帰って来て旅行を振り返るとたまらなく切ない。また旅に出たくなるのである。初日のホテルの朝食はクリスマスの雰囲気残るゴールデンマイル。外は土曜日だが多くの人が動き出している。不景気であろうと人の呼吸の回数が減る訳ではない。食べる量も殆ど変わらないし、何が変わるかと言えば心が少し貧しくなった気分になることぐらいなのである。毎日朝はグレープフルーツジュースを飲むが、昔はすっぱ過ぎて飲めないと思っていたような気がするが、年を少しとって味覚が変わったということなのか。時は流れる。自分が老人になるということは未だイメージ出来ていないが、すぐそこにあるということは認識しつつある。それは細胞が分裂する回数が減ってきている証拠であり、最近の頭のキレの悪さは単なる気のせいではない。月日が流れることだけが年をとるということではない。様々な尺度があるはずであって、XX歳なのに、という話は年齢を尺度にした指標なのである。年齢を絶対的な指標にすることを止める。
最近感動することが少なくなったと思っていたけど、そうでも無いようだ。自分自身が変わるだなんていうことは本当はあまり無くて、単に日常に埋没しただけなのである。昔は泣き虫だったような気がするが、他人とそれほど差は無かっただろうとも思う。笑いのツボは甘くて大したこと無いことで笑ってしまう。

中国に行くと良く思うが、表面を綺麗にして裏側に行くとやたら汚いことがある。窓からゴミを沢山投げ捨ててある。香港でもそれは変わらないのだろうか。九龍は香港島に比べるとやはり中国、という感じである。香港島の金融街の煌びやかさに比べると、また別の魅力がある。このゴミを押し入れにぶち込んだような感じが、しかしそれでも華やかなその街が放つ怪しい光はオールドチャイナのそれである。香港でも多くの解雇が進んでいるという。当たり前である。この小さな島に無理やり乗せた積み木のような金融街は、今回の金融危機で無傷でいられるとは思えないのが当然である。お隣の澳門もバブルが崩壊してきっと大変だろう。澳門はフェリーで香港から1時間。ただしイミグレがあるので合計2時間というところか。国境を超えるのは簡単である。最近はパスポートの番号も覚えてしまったので、イミグレの紙も殴り書きである。時々間違えるがそれで問題になったことも一度も無い。『日本国』と書かれたパスポートは我々にとってはお守りみたいなものなのだろうか。二十歳の時に撮った写真なので、髪は短く眼鏡もかけていなかった。イミグレの奴等は今の私の顔を見てフッと笑う奴もいるし、眼鏡をとれという奴もいる。

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