
秋葉原は混沌の街である。駅前では、大学生が学生運動の弾圧について拡声器で語る横で、変な恰好をした女がチラシを配る。その横では明らかにスカウトの人間が通行人のフリをして頭の悪い女に対してスカウトと言う名の詐欺をする隙を伺っている。そして何よりもマルチナショナルな街である。ヨドバシカメラで買い物をする外国人はとにかく多い。ただ今は円高の影響もあって、少し観光客自体の数もそうだし、買い物する金額も減っていることだろう。メイドは別に害は無いので特に言うことはないが、その痛さに、頑張れ、と少し思うところもある。



力の限り声を振り絞る学生だが、こういった学生の心中はどのようなものだろうか。拡声器でどなる自分に酔っているのか、それとも本当に学生運動というものを行っているのか。色んなことをやることは憲法で保障されているのだろうが、後悔しない選択をして欲しいと老婆心である。色々大学で学ぶべきことがあったと思う。ありがちな後悔を大学をやめた私もしている訳である。深く考えるクセとかは、もっと学生時代に培うべきものであり、それが出来ているかどうかというのはやはり大学で真面目に学んできたかどうかということにも影響される。生きることに悩むのは良く分かるが、結局生きていくために必要なのは、拡声器でどなることではなく、環境に対応し、ストレスと共生していく能力である。

山手線に乗ろうと思い、秋葉原の駅まで行くと、ちょうど電車が来ているので、少し急いで乗ろうとすると、それがだいたい大崎止まりだったりする訳である。そこで、心を落ち着けて電車に乗ろうと考え、急ぐことをやめて、翌日さあ電車に乗ると、これまた大崎止まりであったりする訳である。自分の生活パターンが安定していない方だろうと考えていたが、意外と毎日タイミングの悪い感じで大崎行きに乗ってしまう訳であり、品川だと混むので田町で乗り換えて座るということを繰り返す。だんだん山手線に対する期待値は低下し、品川より先まで行くということだけで喜びを感じることになる。人間というのはそういうことには慣れていくのである。
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