2008年12月15日月曜日

Saitama 3/ Ueno1

上野からさいたま新都心へ向かう高崎線。高崎線は長距離列車であるため、ドアが開く感覚が短いことから、冷暖房が効きやすい。英語で書かれた分厚い本を読んでいると必然的にまぶたは重くなる。JRの職員に一言言ってやりたい。熱すぎるぞ、と。そもそも寒い日なんて乗客は分厚いコート着てマフラーしているんだから、電車の中まで暑くしたらそれこそ蒸し風呂になる。電車に乗っている時間だってせいぜい30分とか長くて1時間だと考えれば、むしろ熱すぎる。殆んどの人は駅まで歩いてくる訳で、その間にも少し熱が発生しているし、更に電車に飛び乗る人なんて心拍数が上がり、車内にギリギリ飛び込んだ時の気まずさでそこから更に血圧が上がる。とすれば、車内はそういった人たちの熱をもっと有効利用すれば余計な暖房を使うこともない。私は暑がりだが、そうでない人たちですら暑いと言うのだから、よっぽど暑いのだろう。JRの従業員は普段電車に乗らないのだろうか、と不思議になる。暖房をいちいち調整することがコスト増になるというのだろうか。車内の人々のイライラは国家の経済的な損失である。
日本は女性が社会進出している国と言えるだろうか。遅くまで残らなければならないような仕事の場合には、もちろんその残業そのものを軽減する必要があるという前提で、どうしても物理的な仕事の量の負担に偏りが出てしまうこともある。男性と女性というのは得手不得手はあるにしろ能力的に差は無い訳だし、両者が共生することはむしろ自然な訳なのだから、結婚して出産して、という後で復帰できるような環境づくりというものは大事だというのも分かる。ただ、そういったことが当たり前になっていかない限り、多くの男性は自分達は女性が産休で休んでいる間も働き続けていた、その分の負担を引き受けていた、と思ってしまうのではないか。もっとそういったことを当たり前にするように、ある程度法律や社内規定で定めてしまえば、最初はしぶしぶであっても、男性も理解を示すようになり、いずれは慣れてそれが当然であるということになるだろう。結果として、家事を分担する男性も増えていくかも知れない。制度として決めてしまえば、意外と皆従うのであって、今のように裁量に任されているような状態では、なかなか自然な状態には程遠い。
という話と同時に、社内ではどうしてもフリーライダーが発生してしまう。そういった休暇の制度などを使うのは権利であると主張する人には、会社には貢献していない人もいるだろう。そういった場合には、考え方に溝が出来てしまう。一生懸命働いて、組織や周りの人に貢献しているような人には、当然に帰る場所を用意すべきであるし、自然とそうなるだろう。しかし、権利のみを主張するような人にそれを用意することは、組織としてはやはり誤っている。そういった甘さが日本の会社の良いところであるという人もいる。ただ、それは今までの話であって、今後を予測する上で、これまでの方法を適用し続けて良いかどうかは分からない。そういった人間を抱えることで、組織は疲弊する。余計なコストがかかる。そういった人を育てるためにかけたコストというのは、結局蓄積することなく吐き出されていく。それに携わった人たちも評価されることなく、一体何だったのか、という結果に終わる。例えばチームとして動くような場合に、足並みを揃えるという事も必要だろう。そういったところに最初から反発し、自分の利益だけを主張するのでは、うまく行くはずがない。根回しというのは、響きがあまり良くないかも知れないが、組織運営には欠かせないコミュニケーションであり、当たり前のことである。
意識を統一とまでは行かなくとも、最大公約数を出来るだけ小さくできるような状態に持っていくためには、コミュニケーションにより距離を保つことが必要である。それが自然と出来る人もいれば、そういったことに興味が無い人や、むしろそれを乱す原因になってしまう人もいる。マネジメントというのは気が遠くなる作業である。どういった人間を評価するかというのは難しい。ただ頑張れば良いということは無い。プロフェッショナルであれば、プラスアルファがあってこそであり、基礎が出来ない状態で頑張っているだけという人は恐らく組織にいてはならない。トップマネジメントは下がどういう人間であるかということには気を配れない。その階層は誰でも同じであり、結局のところそんなところでのいがみ合いというのは経営に影響を与えない。それすらクリア出来ないような連中はそもそも上に昇っていくことなど出来ないのであり、いがみ合う前に仕事せよ、というのが正しいのだろうか。プロフェッショナルファームの経営というのは他の会社と違うのか。根本とするところは同じだろう。寧ろ余計なことを考える必要がある時点で、精神的に劣悪な環境を生み出しやすいのかも知れない。
イルミネーションは季節ものである。今年は色々と悩み、苦しんで一年が長かったように思う。適度に旅行に行くことで、ストレスを発散し、エネルギーを注入しては来たが、それも基礎となる生活が順調であってこそである。平坦な道ほど走るのが詰まらないものもないだろう。苦悩することは、むしろラッキーだと思えば良い。本当に苦しむことで、人は解決に向けて走り出す。今の経済情勢というものは、経営者に危機意識を持たせるという意味では良いことだと言える。ただ、ここで何かを学んで行かなければならない。それを教えることが出来る人も限られている。再生を目的としたファンドもあろうが、こういった人達に頼らなければならないような状態になるまでに打つ手というものを学ぶ余裕が無いほどに、経営者というのは大変であるし、学んでも生かせないような内容しか情報が無い。マネジメントというのは流動的であり、必要な教養を蓄えるためには一生を費やさねばならん訳である。麻生太郎先輩が不謹慎に感じる理由も分からなくは無い。景気が良い時であれば、漢字を間違えたぐらいであそこまで叩かれることも無かろう。マスコミも必要以上に何度も流すことで、国民を煽る。健全な国民であれば、総理大臣を叩くことよりも、自分自身の今や将来を生きることの方が大事であるということを理解しているはずであり、マスコミにより編(偏)集された事実を真に受けるということも無い。

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