2008年12月12日金曜日

Maihama 5

年齢を重ねるに連れて、人間は成熟する。経験を積み上げることで、成長を実感することもあるかも知れない。成長することはしかし、老いることも同時に感じる。人間は必ず死ぬのであり、寿命というものを1つの時間軸であると考えれば、成熟すればするほど、死へと近づいて行くことになる。必死で走り続けて、成長しようとするのは人間の高度な欲求であるが、一定の成果を経ることで満足すると同時に、老いを感じ死への恐怖を感じ始める。これは明示的なものではなく、無意識である可能性もある。必ず死ぬということを前提とすると、満足を経て納得のいくように生きるためには、年齢と比例して生きるのではなく、年齢の累乗分成長したいと考える訳である。ただ、その生き方も、他人と比較してどうこうという話であり、結局上の上には上がいるということに気づき、そのギャップを埋めようとしている間に更に死へと近づいて行く。
多くの人は何故生きるのか、と言った抽象的な問いに対して答えを見つけることが出来ないまま三途の川へと向かう。幸せというものを追い求めてみたりして、本屋でそういった本を探してみたり、何やら訳の分からないセミナーに参加してみたりする。人間の不安という感情は商売のタネになるということなのだろう。私の場合はドラッカーが1冊あれば十分である。精神を維持するために必要なのは、他人の助けではなく、自分で自分をコントロールするということである。相談相手は必要だろうが、それは相談というよりもブレインストーミングの相手であり、結果として解決法を導き出すのは自分以外ではあり得ない。そうでなければ他力本願の人生を歩むということになり、自分で見付けなければならないはずの禅問答への解答も永遠に見付かることはない。
適度な現実逃避は必要である。人生の波というものをヘッジするために、何か余計なものを持っていなければならないだろう。単純に1つのものを追い求めた結果成功できるような幸運と才能の持ち主は、世の中には限られている。そういったイメージですら幻想であり、イチローが誰よりも努力していることは多くの人間が知るとことである。結局のところ大多数の人間は迷い、悩むことと闘わなければならない。常にこれと闘えば疲弊して摩耗する。人間のこころというものは、なかなか元に戻らない。だとすれば、何かしらの手段で、1つの要因による精神の変動を緩和していく必要がある。これは趣味であったり、環境を変えることであったりするのだろう。自分を貫くという姿勢は重要である。ただそれが結果として自分を追い込んでしまうことになる可能性もある。特にレバレッジをかけているような状態では、それが一瞬にして大きなものを失ってしまう結果になることもあろう。何もヘッジしなければならないものは、公正価値やキャシュフローだけではなく、精神衛生だってその対象になるのではないか。
ディズニーランドへのリピーターが多いことは有名である。入った瞬間に明らかに楽しいこの雰囲気を生み出すことが出来るこの場所は、本当に素晴らしいと思える。多くの先進国には、このディズニーランドがあることで、ウオルトディズニーの偉大さというのは伝わっているのだろうし、東京だったら5000円で十分に楽しめる。大人からすればこの値段は交通費を考慮しても安いし、舞浜も東京から近い(東京駅での京葉線へのアクセスの悪さはここでは目を瞑る)。高校生であっても、それほどの負担にはならないだろう。さて、途上国の民はどうだろうか。こういったものを楽しむための余裕はまだ無い。確かに豊かになり、中国人は海外を訪れることで、豊かさを実感しつつある。ただそれも一部に限られてしまう。ぬいぐるみが30%ディスカウントされたところで、世界中の多くの人間にとってみれば、それは1か月の月収であったり、1年分の生活費であったりする。豊かさ平らにしたらどうなるのだろうか。限られたパイを拡大するためには、技術革新や生産性の向上が必要だろうが、世界中の人を豊かにすることが現実的にあるのだろうか。マルクスほどの賢人が夢想した世界だから、実際に訪れることがあるのかも知れない。
豊かさを平らにすれば、日本人は貧しくなる。中国の成長による影響を見れば明らかである。アメリカも発音はメチャクチャだが英語のできるインド人が安い賃金で猛烈に働くおかげで、中流階級という人々は仕事を失っている訳である。豊かさの移転というものはそう簡単に調整のつくものではない。数%の人間が限りある利権を手にし、殆ど全ての利益を獲得する。これを再分配する仕組みがないわけではないが、その再分配の仕組みの中で結局また利権が発生し、非効率を積み重ねていくことで、一番貧しくて助けを必要としている人々には必要なものが届かない。人間が人間を救うなどという意識そのものが奢りであり、マザーテレサの領域に行くようなことがあればそれはそれで素晴らしいが、対等な関係でなければ人を助けるということは難しいはずである。人は何かをするときに、多くの場合何かが返って来ることを求めるからである。無償というのはタダ、という意味ではない。そこから何かしらのプレミアムが控除されているのである。そういうやり方の方が、全体としては機能するという判断をしているのか、何も考えずにそうしているのか、正直なところ良く分からない。

1 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

Wall-E!! I love wall-e ^^!!! God, I want to learn japanese, I can only read hiragana and some katakana and kanjis, but I don't really understand the language, I must take some classes T__T...

Well, I was just passing by (oh! and by the way, sorry if you don't understand anything that I've written, but I'm a native spanish speaker, not an english one ^^!!)

See you!