
総理大臣がころころ変わるということは、それほど国のマーケットに影響していないように感じるが、それほどに政治的な要因が経済を支配しないのか、それとも元々政府に期待しているところは無いと言う事なのだろうか。政府に期待しているところが無いと言うことは有り得ないだろう。ロビー活動を一斉になって同業他社がやっている場合には、(金額に応じて)公平に扱って下さいということを期待しているはずである。大統領選挙の様子を伺っていれば何となく分かるが、アメリカは日本よりも100倍ぐらいエグいことをやっているはずである。それだけ企業が利益に貪欲であるということであり、これは返せば株主によるプレッシャーがそれだけ強いということなのだろう。株式持合いの文化のある日本のような国では、もう少しソフトなロビイングが行われていると考えられるし、株主以外のステークホルダーのことを考えると、利益追求、あるいはキャッシュフローの獲得ということだけに邁進しているだけと言う訳ではないようである。ただ、政治家と同じように実績というものが大事だと考える人も大多数いるわけであり、ボランティアや福祉に積極的に金を使っているように見える会社が本当にそのような形で社会貢献をしたいと考えているとは限らないということである。

さて本題の、我が国の総理大臣麻生太郎先輩による演説の内容である。最初の方は、混み合いすぎて人生を彷彿とさせる荒波を掻き分けることに必死だったせいか聞いていなかった。ただ大した内容ではないだろう。私が聞いていたのは、秋葉原のくだりである。ウケ狙いであることは理解できるが、冷めた日本人サラリーマンのハートを揺さぶるには足りない。秋葉原の住民を揺さぶっても選挙で勝つことは難しいだろう。マンガというサブカルチャーは素晴らしい、外国の若者がアニメやマンガを日本語で理解したいという理由から日本語を学んでいる、それが増えつつある。、と言う。それはそうなのだろうが、経済規模に対してどれぐらいのインパクトがあるのだろうか。マンガを描いて儲かるのは作家と出版社ぐらいのものであり、秋葉原の住民はむしろ買う側で、その彼らが何か喜ぶとすれば、外人様が俺達に理解を示している、というアイデンティティを確保した気になって自己満足をするぐらいのもので、将来の日本に貢献していくというビジョンは見えてこない。2chなどのサブカルチャーは既に日本に浸透しており、その弊害も学校裏サイトなどに現れ始めている。これを否定する気はないし、マンガを読もうという麻生先輩の心意気には多いに賛同したいところである。

麻生先輩はマンガを沢山読む、と言うが、多分私の方が読んでいるし、秋葉原の所謂オタク達からすればはっきり言って認めたくないレベルではないか。国民を鼓舞するのは構わないし、消費税の増税は結局のところ仕方ないとは思うが、サブカルチャーだけでは国は活性化しない。サラリーマンの苦悩についてどれぐらい理解があるのだろうか。生産性が低いと罵倒され、残業代を稼いでいるだけで無駄な時間を使っているだけと世界中から揶揄される日本のサラリーマンは、それでも社会への貢献を目指しているのである。派遣社員などもっと悲惨である。派遣社員を含めた失業率を仮に計算すれば、10%を超えてしまうという話も聞く。もちろん脳内が腐敗している人間も少なくないだろう。それでも多くの人は組織に属さずして社会貢献することは出来ない。それ故、組織に合わせて個々人も変わっていくしかない。しかし、その仕方が昔と変わったということをどこかで教えてくれるのだろうか。1つ2つテンポの遅い日本のマスコミに踊らされるこの国の国民は哀れである。何故宗教団体が国を牛耳れるのか。不思議である。それだけ国民は向かうべき方向性を失っている。旧式の教育システムはゆとり教育と名を変え、質を落とし、それが少子高齢化、経済の成熟とともにガタを見せ始め、その中で学ぶ日本国民は未だにレトロなパラダイムから抜け出すことは出来ない。昔良かったものは今も良いという考えから脱却できない。

旧式のシステムにしがみつくのは、既得権益と呼ばれるものである。人間が安住の地を求めるのは分かるし、農耕民族だったとされる日本人は社会全体として1つの場所で安定した米を作って暮らしたいというのが自然だろう。国民のレベルを上げることは容易い事ではない。今の世代を突き破って本当に国が生き延びるためにどうしたら良いのかということを考えるだけタフな世代は育たないだろう。今のゆとり世代と呼ばれる若者の間では、物心ついたころに流行っていた言葉がリストラだからなのか、とりあえず自分だけは絶対に生き延びたいという自己中心主義が盛んであり、これでは全体としてのシナジーは生まれない。こういった現状を打破することはもはや無理なのではないかと思えてきてしまう。いつか日本という国は、多くのアジア諸国に豊さ(ここでは1人当たりGDP)で追い越され、更に自信を失い、経済規模の急激な縮小、円の崩壊、ハイパーインフレーションというシナリオが無いとは言えない。今は一時的に世界経済が停滞しつつあるが、それでもインドや中国の成長率は脅威である。成長率が7%であれば、10年で倍豊かになる。それだけ早い時代の流れの中で、失われた10年15年を経てもなお、以前より悪化しているという状況は、打破しえないのではないかと絶望感を抱かせる。

一旦失敗して再び国を強くするというチャンスは、このグローバル経済の中では無いのではないか。長きに渡り日本を手なずけたアメリカの消費主導型経済、レバレッジ過多の投資銀行モデルというここ数年続いた脅威のバブル経済も終わった。一瞬覇権を奪うかという幻想すら抱かせた産油国も原油バブルと共に沈んだ。BRICs経済も力強さはあるとは言え、その勢いは輸出主導の日本経済を救い上げるほどには感じられない。中国ですらパートナーアメリカ崩壊により統計上の失業率の上昇を金の力で押さえつけることで必死である。もちろんその煽りが直撃しているのは我が国日本であろう。最近のマーケットの落ち着きを思えば、今回の金融危機もこんなもんで終わりか、と多くの人が思い始めているように感じる。「もうはまだなり、まだはもうなり」の格言通りに従ってトレードしようと思っても、今がもうなのかまだなのかが分からないから非常に困るわけである。今後はまた同じように円安に向かって、TOYOTAやSONYの株は上昇して行くのだろうか。安い金利の継続と、円安の到来によって日本の不動産が再び買われるのだろうか。今は誰が何を言っても間違っているように聞こえる。直感的だが、最近仕事を始めたようなアナリストの言うことは聞かないほうが賢明なのだろう。バブルの後はそういう輩がウロウロするからである。それでもまだ株や為替で儲けてやろうという魑魅魍魎は沢山いる。多くの投資家は市場から撤退したか、その全財産を塩漬けにして漬物屋を開いたかのどっちかである。設立資金に随分金がかかる商売である。外貨建投資信託の重みは漬物石に持って来いである。どこまで知識や経験を蓄えれば良いのだろうか。そのキリの無さがマーケットの面白さなのかも知れないが、努力して何とかしてやろうと思い立ち、資本主義の権化みたいなCFAの分厚い教科書を開いても、やはり答えが書いてあるようには見えないし、いつか答えを見つけられるだろうとも思えないのである。
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